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一葉さんの蔵 ・ 幸田弘子先生の「わかれ道」

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蔵のうちに はるかくれ行 ころもかえ   一葉

 樋口一葉はお金に苦労した人ですから、おそらく質屋の蔵のことでしょう。東京、文京区本郷の菊坂には、一葉さんが通ったという質屋さんの蔵が残っています。写真は、その菊坂のそばにあるマンションの外壁です。この界隈は多くの文人たちにゆかりのある場所だらけなので、このマンションにはこの様なパネルが何枚か掲げてあります。

 6月9日(土)、幸田弘子先生の朗読公演が、文京区茗荷谷の茗渓会館であり、一葉の「わかれ道」を、久しぶりに聴きました。今までは、主人公ふたりのうち、弟のような吉ちゃんの方に感情移入して聴くことの方が多かったのですが、今回は、お京さんの心情が胸に迫りました。
 「わかれ道」はとても短い作品ですが、上・中・下に分かれていて、幸田先生は、いつも「上」「下」だけを読まれます。「中」には主人公ふたりの出会うまでが述べられていて、説明的なので省かれるのだそうです。でも今回は、一つの試みとして、初めに「中」を読まれ、その後で、朗読作品として、いつもの「上」と「下」からなる「わかれ道」を読まれました。「中」を聴いた後でいつもの「わかれ道」を聴くと、よりわかりやすく、感動もひとしおなのですが、だからといって初めから上・中・下を通して読まれた方がいいかというと、やはり、朗読作品としては、「上」「下」の方が作品の情緒がスムーズに流れ、聴き手の感動も盛り上がるようです。あらためて、先生のカットのすばらしさを認識しました。
 対象と格闘することなしに文学作品を朗読作品化することは出来ないのだな、とも思いました。わが身を振り返ってみると、初めから文学作品に畏れ入ってしまっていて、格闘は及び腰です。でも考えてみると、朗読作品化に限らず、黙読・鑑賞の場合も、それがどんなに評価の確立した作品であっても、対象との格闘から逃げていては作品の魂に触れることはできません。日頃の読書態度から考え直さねば、と思いいたった次第です。

 なお、茗渓会館では、年一回、茗渓会主催の幸田先生の公演がありますが、今年は、茗渓会主催の幸田先生の公演がもう一回、筑波大学大学会館で、9月29日(土)に開かれる予定です。

                                    Mutsuko
| - | 05:53 | comments(1) | - |

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Comment
こんばんは、睦子さんの隠れファン、はなこです。「対象と格闘する」というお話に心開かれるものがありました。いつだったか、毎日新聞に鴨下信一さんが、朗読について、読む前の姿勢として、「人様の作品を朗読するという謙虚な気持ちを忘れない」と書かれていたように思いますが、対象と格闘するということはまた謙虚さに繋がるものではないかとも思います。そして睦子さんから滲み出ている謙虚さと真摯さに、ひそかに憧れています。お声のなかの色にも。ご活躍をお祈りいたしております。ごきげんよう。
2007/06/24 8:45 PM, from 隠れファン










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